刊行趣旨

「ビオフィリア」 創刊にあたって
  -専門分野の境界を越えて

Bio = 生命,Philia = 愛


  古代ギリシャの Hippocratesを始祖とする医学を含む生命科学は,それぞれの時代のそれぞれの先覚者たちによって大きく飛躍してまいりました。しかし,前世紀の後半から今世紀にかけてほど,生命科学が目まぐるしい変貌を遂げた時代は他にありません。

  その結果,これまでの医学,薬学,基礎生物学,応用生物学(農学,畜産獣医学等)といった伝統的な学問領域の仕切りは次第に意味をなさなくなり,生命科学研究における従来型の専門分野の壁を越えた交流が日常化されています。また,かつては生命科学研究にほとんど手を染めなかった物理学,工学や人文科学を学んだ人々が,遺伝子工学や医用工学をはじめとする研究分野に続々と加わり,目ざましい成果を挙げています。

  この流れは,生命科学の発展のために疑いなく喜ばしい現象です。しかし,研究の進歩があまりにも早く,あまりにも専門化されてきたため,それぞれの領域で確立された知識や技術を,その周辺の他の専門家(研究者,技術者)が自在に利用できない傾向が少なからずあります。個々の専門家が,周辺情報をあらゆる手段を利用して収集に努めても,個人的な努力には限界があります。

  私たちは,このような時代に則した生命科学に関するさまざまな情報の効率的な媒体として,総説,特集,連載,技術紹介,ニュース等を中心とする新しい情報雑誌「ビオフィリア」を創刊します。ビオフィリアは,1984年に E.O.Wilson が造った「生物間の絆」を意味する言葉で,異なる学問体系や科学概念を背景とした生命科学の専門家の境界を埋めるために,ささやかな手助けができればと考えています。

  また一方では,現在は,生命科学研究に対してまったく異質の社会的要請がされる時代です。それは,生命倫理(バイオエシックス)です。医の倫理の重要性を医学を背景とする専門家はよく弁えていますが,その認識は他領域の専門家には必ずしも十分ではありません。また,動物実験の場における動物福祉の配慮について,獣医学を背景にした専門家とそれ以外の専門家の間にはかなりの温度差があります。本誌は,自然科学に関する情報だけでなく,社会的な動向や人文科学の視点からの啓蒙的な情報についても,収集と配布に力を注ぎます。

  編集委員は異なる医学,生物学分野を本籍地としており,経歴も業績も多彩ですが,共通点は幅広い知的好奇心の持ち主であることです。本誌は,生命科学を共通項とした有益な情報を専門家に提供し,生命科学の領域に緊密なネットワークを構築することを最大の目標としています。

  季刊形式を採りますが,編集部にビオフィリア読者専用のホームページを開設して,雑誌に載せられなかった最新の関連情報を随時書き込み,読者の便を図ります。また,読者の方々の意見や提案を常時受け付けます。新雑誌創刊に関する私たちの理想が達成できるか否かは,読者の方々の協力に掛かっています。本誌に対して,歯に衣を着せぬ指摘と積極的な支援を期待しています。

(Biophilia 第1巻 第1号より)